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2011年8月25日 (木)

金時草のあじさい椀

P1170279

加賀野菜を題材にして創作した吸い物。

作ったときが6月だったので、初夏の時節を折り込んで椀だねを

あじさいの花に見立てて吸い物にしてみた。

金時草の特徴である紫色を使って、出汁に色を移し、椀だねの

豆腐を出汁を透かして見たときに、あじさいの紫に見せる趣向。

豆腐には十字に切れ目が入れてある。

花の周りにあるのが、実際の金時草の葉。

吸い口は、一応、花に合わせて柑橘系で蝶をかたどってみた。

料理に関してあまりオリジナリティにこだわっていないつもりだ。

個人のオリジナリティなどたかが知れているからだ。

これも一応、私が創作した椀だが、独自性を主張するつもりは

とくにない。

私が理解するところの日本料理の基本に従った当然の結果

として、このような椀になった。

ところが一部の日本料理の専門家から、これは日本料理としては

どうかという意見をいただいた。

椀づまとなる金時草にもっと手を加えないといけないとか、

椀だねは単なる豆腐ではまずいだろうとか、

椀だねは出汁の上に一部出ていなければならない、うんぬん。

もはやこの歳で、日本料理の世界に反抗するつもりもなければ、

伝統を革新してやろうなどという野心もない。

日本料理のエスタブリッシュの方々に恨みがあるわけでなし、

今後とも仲良くやっていきたいと思う。

ただ日本料理の伝統を踏まえてやっていると思っているのに、

それが受け入れられないのはなぜかという違和感がある。

そこで私なりにこの椀のコンセプトについて釈明しておきたい。

まず、日本料理の吸い物は、椀だね、椀づま、吸い口で構成

されるのが一般的だ。

ひとつの形式だが、今回の椀は、椀だねとしては豆腐、

椀づまとしては金時草、吸い口としては柑橘系の皮と

一応形式的な条件は満足している。

そして、日本料理の吸い物に関して、形式より何より重要

なのは、出汁だと言われている。

出汁が美味しくなかったら吸い物としては失格。

フタを開けたときに、ふっと香りが立たないような出汁ではダメ。

そのために料理人は、神経を使って一番出汁をとるわけだ。

つまり、吸い物の主役は出汁。

出汁をメインにもってきて、フォーカスを当てるのは、

日本料理の基本であろう、というのが私の解釈だ。

今回、出汁には金時草の紫色を移した。

豆腐の白を透かして見せることで、出汁の紫色を際立たせ、

出汁の存在を意識させるところがポイントだ。

金時草の最大の特徴である紫色を活かすとともに、

視覚的には意識されにくい出汁が意識されるようにしたつもり。

そこに気がついてくれないというのは悲しい。

地元野菜の金時草を活かすという意味でも、金時草のきれいな

紫色を活かすのは必須だろう。

実際、愛知や静岡では「式部菜」や「すみれ菜」というように

紫色に着目したブランド名を立ち上げようとしている。

うかうかしていると本家をとられかねない勢いだ。

(もっとも金沢が本家かというと疑問もあるわけだが)

その上、色素のアントシアニンの健康に対する効果も注目

されている。

これを活かさない手はないだろう。

たしかに椀だねが豆腐だったり、椀づまの金時草に何も手が

加わらず、素朴そのものに見えるのはたしかだ。

だが、素朴さや、シンプルさというのは、これまた日本料理の

ひとつの伝統でもある。

とくに日本料理のもっとも洗練された形態であるとされる懐石料理

にあっては、ごてごてと豪華さを競うようなものは避けられる。

簡素ではあっても心のこもったもてなしや、自然や季節を象徴的に

表現する感受性が大切になる。

わびだ、さびだと小難しいことを言わなくても、心のこもったもてなし

や自然を愛でる心が大事であることぐらい、だれでもわかる。

椀のフタを開けたとき、出汁の香りとともに、時節のあじさいの花

が目に入る。

これは何だと目をこらすと、その紫色が出汁を透かすことによって

見える色であることに気づく。

「この紫色は何ですか。」

「地元野菜の金時草の色です。」

客と亭主の間にこのような会話が成立する。

客のために趣向を凝らして「驚き」や「ハプニング」を用意する

というのは、客へのもてなしとして古くからのならいとなっている。

一期一会を演出するわけだ。

しかし、私の椀が、懐石料理の椀であるというのもおこがましい

話だ。

それなりの腕を磨き、経験を積んでから、そんな話をしろという

声が聞こえてきそうだ。

その通りだが、困ったことに私には、これから懐石のプロになる

時間も体力もありそうにない。

せめて、意識と意欲だけは持たせて欲しいというところか。

日本料理のランクとしては、会席料理より懐石料理の方が上と

見られているようだ。

どちらかというと会席料理は豪華さを競う料理。

全国津々浦々から高価な食材を集め、最高の技術で調理する。

しかし、その上にあっけないほどにシンプルな懐石料理がある。

一見、シンプルに見えて懐石料理が会席料理より上位である

ことは、料理の値段を見ればわかる。

身もフタもない話だが。

私の椀も老舗懐石料亭で出されたとするなら、いくらの値が

つくだろうか。

もはや値つけうんぬんの領域ではないわけだ。

結局のところ、私の椀ではお金はとれない。

懐石料亭なら数千円になったとしても、私が店で出せば百円

にもならないということだろう。

その意味ではエスタブリッシュの方々の言っていることは正しい。

金になる料理を作れということなのだ。

椀づまにしても料理人として仕事がしていないと、それでお金を

とることはできないし、椀だねが豆腐では、高い金を払った客から

必ず文句がでるということなのだ。

さて、私はどちらの道を歩いていくべきか。

P1170294

あじさい椀の簡易バージョン。

豆腐を単にキューブに切って置くだけ。

だとしたら、吸い口のちょうちょも、三角形を組み合わせただけの

幾何学的、抽象的な形にすべきか。

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コメント

なるほどカタツムリもいいですね。
実際食べちゃう国もあるくらいだからおかしくはないでしょう。
青ゆずでアマガエルなんてのもあるかも。

今回の写真を拝見すると、綺麗に紫陽花が表現されているように感じます。
ですが蝶々が紫陽花に留まるという状況はイメージしにくいですね。カタツムリとかどうでしょう?美味しくなさそうかしら。
最低限守るべき形式をクリアすれば、あとは提供の仕方一つではないでしょうか。

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